2017.9.8 UP DATE

第2回:加藤哲礼さん(1)30年計画で考えるコンクールの「評価」

若き音楽家たちが才能を競い、熾烈な闘いを繰り広げるコンクール。舞台の表でも裏でも、さまざまなドラマが展開しているであろうことは想像にかたくありません。コンクールにもさまざまなレベルや種類がありますが、全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)が運営する「ピティナ・ピアノコンペティション」は多くの参加者が集い、世界でも最大規模のコンクールです。その全体をマネジメントするのが、ピティナ本部事務局長の加藤哲礼さんです。巨大コンクールの裏の裏(!?)を知る加藤さんは、はたしてどんな思いで運営にあたっているのでしょうか。

 

取材・文:飯田有抄/写真:編集部

 

加藤哲礼さんプロフィール

 

 

 


 

■巨大コンクール運営の面白さ

 

――ピティナのコンペティションは、参加者数がすごく多いですよね。

 

 

加藤 そうですね。今年も参加人数は予選だけで3万2千組ほどです。下は3歳から、上は70代の趣味の方までいらっしゃいます。

 

――参加カテゴリーがいろいろありますね。「A級」から「F級」、そして大学・大学院生を中心にプロを目指す人たちが受ける「特級」、アマチュアの大人向けの「グランミューズ部門」等々。事務局長である加藤さんのお仕事は、その運営のマネジメントということになりますか。

 

加藤 ピティナは「ピアノ指導者協会」としてさまざまなプロジェクトを抱えており、コンクールの運営はそのうちの一つです。私は全体の業務内容やスタッフの配置を考えたり、若手職員の育成をしています。コンクールも含めてそうした日常的な業務が8割とすれば、2割は若いピアニストたちの育成サポートにも力を注いでいます。コンクールで「特級グランプリ」を受賞した若いピアニストたちを、その後どうプロモーションしていくかも考えていますから。

 

――コンクール運営の仕事は、どんなところが大変ですか? 面白いところは?

 

加藤 全国規模の巨大プロジェクトを、滞りなく動かしていく面白さはありますね。鉄道会社の路線って同時にたくさんの電車を動かしているじゃないですか。あれに近い快感というか。6月末から7月の頭は、全国的に予選の数が多くて、同じ週末に45箇所で開催していることもあります。審査員は各地区に5、6人が必要です。先生方に審査依頼をし、宿泊や交通の手配を整えて派遣し、そこにたくさんの参加者たちがわーっと集まるのを受け付けて……。ときには、台風のために開催を中止するかどうか迷ったり、そういうことも含めて、滞りなく運営させていく面白さ。もっと言うと、審査に対して親御さんからクレームだって寄せられますから、そういうこともスタッフみんなで考えて乗り切っています。

 

すっきり整理された加藤さんのデスクには、こだわりの道具が。
コンクールの舞台袖で活躍する懐中時計と扇子、それから0.38mmの極細ボールペン。

 

――コンクールというと、演奏に点数をつけて競い合うというイメージもあって、一般的には賛否両論が寄せられる世界ですよね。

 

加藤 「競争」というと悪い印象をもたれるけれど、特に小さい子たちは、ある程度人と比べて自分の立ち位置を知ることで、もう少し前にいきたいなと思うこともありますよね。「お友だちが持ってるから私もほしい」というのは子どもにとって日常的に起こること。同世代の人に刺激されて、「レベルアップしていきたい」と思うのは人間の根源的な欲求だし、社会動物としての自然な欲求です。その欲求に対する力の付け方、磨き方を、ピアノを使って知っていくことは、一つの方法としてアリだと考えています。

 

 私自身コンクールに思い入れがあるわけではないですし、いろいろな意味で弊害が起こりうるのは百も承知です。ただ、小さな子どもたちにとっては、練習嫌いとか、緊張だとかを乗り越えてステージに立ち、評価をもらって帰ってくる。そういう環境を作れているというのはいいんじゃないかと思っています。

 

 

 
■ 演奏家たちの「成長」への興味

 

――「コンクールに思い入れはない」とのことですが、加藤さんは国内外のコンクール事情に大変お詳しいのだとか。その調査もやはり仕事の一環なのでしょうか。

 

加藤 私は2003年に入社して、まずは事務局のあらゆる業務をやりました。会員担当、チラシ作り、ウェブマスターなどなど。2010年からはピティナのトップで現・専務理事の福田成康から引き継ぐ形で事務局長に着任しましたが、その少し前から、コンクールそのものというより、コンクールを受ける若い奏者たちの成長に関心が強くなっていました。彼らが今後、どう研鑽を積んで、どう育っていくのか。そこに非常に興味が湧いたのです。あくまで個人的な興味関心、趣味みたいなものですから、仕事とは別に自腹で新幹線をとったり代休を使ったりしながら、いろんなコンクールを聴きに出かけるようになりました。

 

 とにかくあらゆるコンクールをチェックして、どんな参加者がどんな演奏をして、どんなふうに評価されているかを知りたかった。会社からも少しずつ理解をもらえるようになって、国内のコンクールだけでなく、ショパン国際コンクールや、エリザベート王妃国際コンクール、ロン=ティボー国際コンクールにも出かけていきました。

 

――すごい! 熱心ですねぇ。

 

 

加藤 趣味ですから!(笑) そうこうしながらたくさん聴いているうちに、コンクールの結果からいろんなことを感じるようになりました。いい演奏をした人が落ちて驚いたり、コンクールは水物だなぁと感じたり……。

 

――それは……コンクールを運営する団体の事務局長としてはある意味過激な発言ですねぇ。あ、でもここは「趣味」でしたね(汗)。

 

 

加藤 いや、でもその中で気づいたんですよ。演奏家の成長にとっては「誰に聴いてもらうか」がとても大切だということに。たとえば、演奏とは、作品を解釈し、全体を構築していく行為です。その中で「やれる」ことばかりをアピールするのではなく、「何をやらないか」を決めた上での設計もされています。ただし、その意図的な設計を聴き取れる耳を持った人に聴いてもらわなければ、単に「やれていない」と評価されてしまうだけ。「できてないから、やってください」と言われてしまう。

 

 審査員の中には、審査する側に回ったとたんに、「できていなかったこと」を上から目線で羅列してしまう人がいる。「音色がありません」とか。正直、その方の演奏にも感じられるようなことだったりするんですよ! 驚くほどそうです。

 

 

 

■「評価する」を変えるには、30年かかる

 

――となると、評価する側、審査する方の耳、姿勢が非常に重要になりますね。

 

加藤 ピティナとしては、どうやって審査のクオリティを担保するかを絶えず考え、審査員の依頼にはとても慎重になります。特に、セミファイナリスト7名を絞り込む「特級二次予選」の審査員にはこだわります。そのクラスの若い弾き手の演奏に「あなたがやっていること、やらないと決めたことに、ちゃんと気づいていますよ」と伝えることができて、その上で評価という形で成長を促してあげられる方。多面的な聴き方をなさり、教育的な視点から奏者をリスペクトしてくれるような方に審査していただきたい。ただし、それができる先生は非常に限られています。

 

――審査依頼は大変な仕事になりそうですね。

 

加藤 参加者に「この人に演奏を聴いてもらえるなんて幸せでしょ?」と自信をもって言える方を審査員にお迎えしたい。「あなたに聴いてほしいのです!」とラブコールを送り続けて引き受けてもらっています。一人30〜50分の演奏に真剣に対峙してくれる先生方は、ご自身の音楽にも真摯に向き合っている方ばかり。今年は若手の審査員として松本和将さんや田村響さんをお迎えしました。

 

今年8月2日・3日に行なわれたコンクールの特級二次予選には、
加藤さんが「あなたに聴いてほしいのです」とこだわって依頼した
審査員の方々が勢ぞろい。

 

飯田さんもコンクール会場で働く加藤さんに密着して
現場の空気を体感。

 

――そういう審査員が揃えば、参加者は結果を出すことだけにとらわれるのでなく、聴いてもらうことで成長の糧にできる、という捉え方ができますね。

 

加藤 日本の音楽教育においては、上手くなればなるほど、学習が進めば進むほど、自分を「評価する人」ばかりに向かって演奏するようになり、自分の音楽を「喜んでくれる人」のためには弾かなくなる構造になっています。小さい頃はおじいちゃん・おばあちゃんに喜んでもらうために弾いていたピアノですが、次第に「才能があるんじゃないの?」とか周囲に言われて、地元の偉い先生のもとに通うようになる。音高・音大の入学試験で演奏し、学内の期末試験などで演奏する。気がつけば、みんなが喜んでくれる発表会やちょっとしたコンサートではなく、自分を評価する人の前でしか弾かなくなる。

 

 評価される場でばかり弾いていると、評価を得るために、わかりやすい部分を整えようとする。端的な例で言えば、ミスタッチを少なくしようとしますよね。「喜んでくれる人」「涙を流してくれる人」の前ではなくて「点数をつける人」の前で弾くと、そうならざるを得ない。「○×をつけます」「点数つけます」という人の前でミスを多くしたい弾き手はいませんから。

 

 

 「日本の子たちはそういうことばかり気にして、音楽がつまらない」と一面的な批判をする人がいます。業界の評論家だったり、無責任な人たちが言うんですよ。そういう仕組みを作ったのは誰ですか? 大人たちなんじゃないですか? だったら、評価しようとするのではなく感動を求めて聴いてくれる人のために弾ける演奏の場を、大人たちが作ってあげなさいよ、と思います。それをやる覚悟もないなら、外野からくだらない批判をしないでほしい。

 

――日本のクラシックの土壌には、なぜか「評価してやろう」という聴き手側の「上から目線」が、いつまでもはびこっているような気がします。

 

 

加藤 その状況を変えていくには、「評価する人」や「教育する人」が考え方を変えていくしかなくて、それには世代が変わるしかないと思いますね。ジェネレーションをひと回りさせるには30年かかる。私が審査について考え始めたころ、30年計画で物事を捉えようと思いました。その頃から10年が経ち、その頃に海外に留学に出て、日本に戻ってきた世代が、審査し始めています。30年計画の10年が過ぎました。

 

 音楽に感動を求めて聴いてくれる聴衆層をきちんと育てるにも、やはり30年は必要ですね。ピティナのコンクールを小さい頃に受けた人たちは、みんながみんなプロの演奏家を目指すわけではなく、受験などを前にピアノを辞めてしまう人がほとんどですが、音楽を聴いて感動できる聴き手には育ってほしいと期待しています。聴衆育成プロジェクトとしても、コンクールを機能させたいです。

 

 

 

ピティナ・ピアノコンペティションのグランプリ受賞者で
CDデビューした尾崎未空(2016年/左上)と梅村知世(2010年/左下)。
フランスの名ピアニストでパリ国立高等音楽院教授のミシェル・ダルベルト(右下)や
ドイツ・フライブルク音楽大学教授のギリアード・ミショリ(右上)も
今年、福田靖子賞基金の主催で特別レッスンを行なった。

 

ピティナには、ピアノ指導者を始めたばかりの若手が勤務する
「ダブル・キャリア職員」制度がある。その研修では、
音楽学校や教室の生徒に対する課題を発表し、アドバイスしていく。
決して自分の考えを押しつけることなく、発表者の考えを尊重しながら
「こう興味をもったなら、そこを伸ばしてあげたらどうだろう?」
と提案する加藤さん。

 

 

(2)へ続く(2017年8月16日公開)

 


 

 プロフィール 

 

加藤 哲礼 かとう・あきのり

 

東京大学法学部第2類(公法コース)卒。
2003年4月、一般社団法人全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)本部事務局入局。
ピティナ・ピアノコンペティションおよびピティナ・ステップ事務、
会員情報管理担当、ピティナ・ウェブサイト管理者等を経て、
2008年度よりコンペティション事務局責任者及び審査員派遣、
課題曲選定、入賞者プロモーションの担当責任者。
2010年12月より本部事務局長。2017年6月より理事を兼務。
また、2010年11月より、公益財団法人福田靖子賞基金理事・事務局長として、
福田靖子賞選考会及び各種教育企画により若いピアニストのサポートを推進。
これまでに同基金主催により開催した海外教授マスタークラスは84回を数える。

 

娘を愛する父の幸せは、端々にあふれている。机にもプレゼントされた折り紙が。
PCの待ち受け画面も娘さんの写真だったことを、編集部は密かに目撃。
そして、デスクの脇には箱買いした麦茶……堅実です。

 

 

 

 

 

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