2017.10.27 UP DATE

第4回:本間ちひろさん(1)絵本作家さん、楽譜の表紙を描く

楽譜は中に書かれた音符が一番大切ですが、表紙や挿絵が美しいと、手にとって演奏してみたいという気持ちが上がるものです。樹原涼子さんのピアノ曲集『こころの小箱』が出版されたとき、その表紙や挿絵にも強く印象に残った方が多いのではないでしょうか。続く『夢の中の夢』、そして『やさしいまなざし』の表紙も、弾かないときも譜面台に置いて飾っておきたくなるくらい素敵です。今回は、装画・挿絵を描かれている本間ちひろさんのもとを訪ねました。場所は、本間さんが普段からお付き合いのある「こどもの本専門店 ブックハウスカフェ」。可愛らしい絵本に囲まれながらお話を伺いました。

 

取材・文:飯田有抄/写真:編集部

 

本間ちひろさんプロフィール

 

 

 


 

■「やさしい気持ち」を絵で届けたい

 

――樹原涼子さんの一連の楽譜、本当に美しいですね。表紙はもちろん、中の小さな絵も音楽の世界観に合っていて、何度も弾きたくなる楽譜たちです。

 

本間 ありがとうございます。1冊目は『こころの小箱』。これは2011年7月に出版されました。つまり東日本大震災の4ヶ月後でしたね。

 

 

――日本中が大きなショックと悲しみに包まれていた時期でした。樹原さんも「ひとりでも多くの方の心に、やさしく寄り添うことができたら」という思いを込められた曲集です。表紙のイメージは、どんなふうに描こうと思われたのでしょうか。

 

本間 東京にいても、ものすごくショックを受けていましたから、そんなときに音楽や絵を世に送り出すなら、何ができるだろうかと真剣に考えました。

 

 私には「悲しみが癒える」という感覚は、よくわからないんです。悲しみは消えない。そこに悲しみがあることを受け止め、受け入れ、慣れていくしかない。でも、いっぱい泣いて、自分の中でそれがいつか、キラキラ光るお星さまのようになったらいいな、という気持ちを込めて表紙の絵を描きました。実際はそんな生易しいものではないと思いますが、ピアノの前にいるときだけでも、心を休めてもらえることがあったら……と思いました。

 

 

――曲ごとに添えられた小さな絵も、作品の雰囲気に寄り添ってくれる感じですよね。

 

本間 私は音楽の専門家ではないのですが、樹原さんがよく「譜面(ふづら)」というお話をされているので、私も楽譜の見た目そのものから感じ取れるものを意識しましたし、曲を聴いて、編集者さんともイメージを擦り合わせていきました。

 

――『やさしいまなざし』の水彩タッチも美しくて可愛らしくて、この世界観、わたし大好きです。

 

本間 作品にかけた樹原さんの思いを伺い、音源を送っていただき、「ノスタルジー」をテーマに描きました。曲を聴いていたら、子どもの頃を思い出したんです。九州の梅雨時の様子、夏の緑、そういえば雨が降ったら偏頭痛がしたなぁ、なんてことまでも。浮かんだ情景を絵にしたら、樹原さんが「私の実家の庭にそっくり!」と言ってくださって。私、そういう、何か見えちゃう能力があるのも!? なんて思いました(笑)。

 

 

――最新作『風 巡る』も出ましたね。

 

 

本間 この表紙絵には樹原さんの出身地である熊本の和紙を使っています。熊本でも震災があって、その3ヶ月後に書かれた作品も収められた楽譜です。熊本の木を使い、熊本の風や水をいっぱいに吸い込んだ紙に描きたいと思いました。

 

――和紙でしたか。こちらも、絵から漂うやさしい風合いがなんとも言えません。

 

熊本の和紙を使った原画は
大きくゆったりと描かれていた。

 

 

本間 「やさしい気持ち」は私にとって大きな柱です。2011年に、新美南吉の『木の祭り』という童話に絵を付ける仕事をしていたのですが、途中で震災があり、その前後で絵を描く気持ちがガラっと変わってしまいました。それまでは、かっこいい作品を作りたいなとか、児童文学で自分にできる新しい表現はないかなと、どの作品も懸命に模索しながら取り組んでいました。でも震災が起こってからは「これから絵を見る人たちは、みんな大きな悲しみを経験した後の人たちなのだ」と思ったら、もう、「やさしい気持ち」がお届けできればそれでいい、それ以上でもそれ以下でもなく、と考えるようになりましたね。

 

 

 

■子どもの成長を、表紙で描く

 

――楽譜の表紙を手がけていらっしゃいますが、実は本間さんのご職業は「絵本作家」さんなんですね。

 

本間 はい。『いいねこだった』という詩画集で、日本児童文学者協会新人賞をいただいたことは、作家としてのスタートにおいて運がよかったです。その後、絵本の絵と文の両方を手がけたり、名作童話の本に挿絵を描いたり、外国の絵本の訳書を手がけたりしてきました。

 

 

――絵本作家さんになるために、ずっと絵の勉強をなさってこられたんですか?

 

本間 絵を描くのは好きでしたし、子どもの頃に長崎にいて絵の教室に通っていたこともありました。でも、「絵で食っていく」なんてあまりイメージできませんでした。芸大を6浪して受かったというような話を聞いて、まぁそれも珍しくないケースだとは思うのですが、母が「浪人するなら、その間に一つ大学に行って、教員免許とか何か『食っていける』ような資格をとって、それから美大を目指したら?」と言ってくれたんですね。

 

――なんと堅実なお母様!

 

 

本間 じゃあ東京学芸大学の教育学部に行って、あとから絵を勉強しようかな、と。専攻は国語教育の児童文学で、大学院に進んで童謡や詩について研究しました。

 

 児童文学で歴史がある早稲田大学にも、ティーチング・アシスタントの仕事で出入りしていました。そこで早稲田の学生だったクラシック・ギタリストの日渡奈那さんと出会い、そのお知り合いのお知り合い……というような流れで、樹原涼子さんとの出会いがあったのです。

 

――なるほど! 出版社からの依頼ではなく、樹原さんご自身からのお声がけが最初だったのですね。

 

本間 そうなんです。あるお食事会で出会ってから何年も経った2011年、お電話をいただき、「ちひろちゃんの『いいねこだった』を見て、これだと思ったの!」と。

 

――その後2015年には、小さな子ども用のテキスト『ロシア奏法によるピアノ教本 はじめの一歩』シリーズの表紙と挿絵も描かれています。この表紙も私のツボでして、1巻目のリスの可愛いことといったら。キュンときます。

 

 

本間 これも「やさしい気持ち」を描きたいな、と。親子かもしれないし、先生と生徒かもしれないけれど、子どもと大人がピアノの前で過ごす「やさしい貴重な時間」を大切に思ってほしいな、と。たぶんママたちは、お子さんがピアノに向かっているとき、「可愛いな」だけじゃなく、ときにはイライラっとするかもしれないですよね。でも、まだ上手く弾けない時間も貴重な時間。弾けないのが弾けるようになっていくわけだから。あどけない姿を、やさしい眼差しで見てほしいなと思って。教える時間、見守る時間の大切さ。

 

 表紙の絵は、4冊を通じてちょっとずつ成長していくんですよ。

 

 

――そうなんですか!?

 

本間 1巻では、まだ自分だけが弾くのを見守ってもらっている子どもですが、2巻では、見つめ合って音楽を楽しむお友だちができました。ピアノの上のハリネズミは、よく見るとトライアングルを持っています。小鳥も一緒に歌っています。

 

 音楽とは叙情的で詩的な世界を表現できるもの。そこで3巻では、三日月さんがやって来てピアノを弾いたら……という詩的なイメージを広げてもらいたいと思って描きました。まぁ、リスの親子がキノコの椅子に座ってるのだって、全然現実的ではないですが(笑)、もっともっと叙情的に。そして4巻では、音楽で誰かを楽しませてあげる姿です。ピアノの周りで成長していく姿なのです。

 

――なるほど! くぅ~……(悶絶)

 

 

本間 一応、リスはリスでも、ロシアの本なので、ロシアにも生息しているリスを調べて描いたりしているんですけどね~。

 

――1~3巻はピアノがアップライト型ですけど、これは何か意図はあるんですか?

 

本間 お部屋の中でアップライトだと、ちょっと現実的すぎるので、外に出しちゃいました! グランドピアノをお外に持ち出すのは、ちょっともったいないかな、と思って(笑)。絵が子どもたちの日常から切り離れすぎるのはどうかな、というのもあります。もちろんグランドピアノを弾くのが日常という子もいるとは思うけど。

 

 今の子たちは、わりとかっこいいデザインのものに慣れていますよね。ピアノのお稽古というと、可愛いフリル系のデザインでも喜ばれるかも? とも思いましたが、可愛いものをもつのが苦手な子もいる。子どもたちは、ある日は河原で泥んこになって遊ぶし、ある日はピアノを弾く。そういう彼らの日常を考えると、フリル系に偏りすぎてはいけないかな、と。表紙ではデザイナーさんが絵の上に文字を乗せていますが、可愛すぎない感じになったので、すごくいいと思いました。

 

 

 


 

 プロフィール 

 

本間 ちひろ ほんま・ちひろ

 

1978年、神奈川に生まれる。東京学芸大学大学院修了。
2004年、『詩画集いいねこだった』(書肆楽々)で第37回日本児童文学者協会新人賞。
作品には絵本『ねこくん こんやはなにたべる?』『おむすびにんじゃの おいしいごはん』
『おむすびにんじゃの おむすびぽん』
(リーブル)、挿絵に『注文の多い料理店
どんぐりと山猫』『セロ弾きのゴーシュ』(にっけん教育出版社)、
ふたりのたからもの』(西村書店)、
お手紙文集『ピッピちゃん、こんにちは!』(企画・挿絵で参加 西村書店)、
訳書に『ともだちになろう』『どんなきもち?』(西村書店)などがある。
児童文学や絵本で培ったやわらかな表現方法を活かし、心を絵や詩で表現したり、
互いの作品を鑑賞したりすることが、平和にもつながるのではないかとの思いから
大人も子どももいっしょに楽しめる表現ワークショップを行うなど多分野で活動中。

http://www.honmachihiro.com/

 

『おむすびにんじゃの おむすびぽん』の挿絵(左)と
『ロシア奏法によるピアノ教本 はじめの一歩①』の表紙絵の原画。
さまざまなタッチで描いていて、まるで別のイラストレーター作品のよう。

 

お手紙文集『ピッピちゃん、こんにちは!』の表紙絵の原画。

 

こちらも印象的な世界観に惹きこまれる。

 

 

 

 

 

 

 

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